日本という国号がいつ定められたかは明らかではないが、聖徳太子の「日出つる処の天子」という、有名な晴におくった国書には、明らかに"日本"という国号の思想があらわれています。
のち律令制のもとで、この国号は固定したとみられ、大和朝廷の"やまと"(大和・倭)が、統一国家としての国号日本に変ったとも考えられます。
たとえぽ『日本書紀』には、大化元年(六四五)七月の孝徳天皇の条に"明神御宇日本天皇"という称号がつかわれています。
しかし、これをどのように読んだかは明確ではなく、"やまと"という呼び名をあてていたことも推測されます。